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きょう聖(ねこミミ)

きょう聖(ねこミミ)

【小説】ねこミミ☆ガンダム 第3話 その?




ネコミミ族のミュリエル・ミケ・アイリスは若手の行政官だ。成績優秀。仕事熱心。将来の幹部候補など。まわりからおだてられることはきらいではない。
しかし、ミュリエル自身は、自分のことを優秀などと思ったことはなかった。成績がいいのは、興味があって読んでいた本が、たまたま成績に関係していたからだ。
ミュリエルは本が好きだ。興味があれば関連するものも含めて、すべて読み込む。それは勉強より、娯楽や癖に近い。休日に、一日中ゴロゴロしながら本を読むことは至福であった。
仕事熱心である理由は、先輩や上司に逆らったことがないだけだ。
ネコミミ族のなかで、地球の言語をひとつ覚えることになった時、日本語を選んだのも、この辺境の小島が、地域のなかでもユニークな歴史をもつことに興味がわいたからにすぎない。
日本語を覚えたミュリエルは、王国の行政官として日本に赴任することになる。
やることは、いつものように書類整理だろう――と、たかをくくっていたのが甘かった。占領政策の最終段階として「選挙」という大規模な人気投票をするという。その支援活動にミュリエルも駆り出されたのだ。
選挙には女王も出馬する。負けは許されない。総力戦であった。
ネコミミ族の先輩が、いならぶミュリエルを含めた支援スタッフたちに檄を飛ばした。
「本日の目標はひとり1000部! 可能な限り、政策を訴えながら手渡しするように! 選挙戦の期間は一週間しかない! この戦いにはネコミミ族の未来がかかってると思って、しっかり戦おう!!」
みんな水着姿だった。
マニュフェストのチラシが入った紙袋が、先輩から手渡された。ずっしりと重い。
選挙の支援といっても、要するに営業のようなものだ。外回りは得意ではないができないこともない――などと考えていたのが甘かった。
やっていることは炎天下でのチラシ配り。
しかも、ビキニ。派手なオレンジ色にイエローグリーンの差し色が入っている。スタイルはかなりきわどい。街頭に、はだかで立つ気分だ。3日たって、やっと慣れた。
慣れないのは、たまに若い男が近づいてきて無言で写真を撮っていくことだ。せめて一言ぐらいほしい。それでも、汗で汚れ、日に焼けた肌を撮られることには抵抗があった。
何よりも厳しいのは暑さだ。この季節、この地方は連日40度を超える日が続いた。日差しが痛いのだ。どれだけ日焼け止めを塗っても、1日で肌の色が変わった。
なぜ、屋内ではなく、わざわざ炎天下でチラシを配るのか疑問に思った。どうやら、屋内での支援活動は原則禁止というローカルルールがあるらしい。
1日、2日は何とか目標を達成した。3日目は、最高気温が45度を超える暑さで、同僚のひとりが倒れてしまった。
ひかれた猫のように伸びて担架で運ばれるさまは、格好がいいものではない。目標は達成できなかった。
4日目――
この日もミュリエルは、朝から笑顔を絶やさずチラシを配った。つらくても8時間。残業があっても10時間で解放される。やってできないことはない。
午前の仕事を終えて、選挙カーのなかで昼食を食べている時、ミュリエルは、自分がいつもと違うことに気づいた。いつものように忙しく口を開く同僚たちの愚痴やおしゃべりが耳に入ってこないのだ。
普段と違うミュリエルに気を使ってか、同僚たちは話しかけてこなくなった。こんな時は、涼しい場所で本が読みたい。ミュリエルは思ったが、そんな暇はなかった。
午後の仕事がはじまった。食べ過ぎたわけでもないのに、やけに体が重い。炎天下――1時間、2時間がすぎた。
午後3時。日に当たるビルの壁にかかる大きなデジタル温度計が50度を示していた。街のなかは歩行者の姿さえまばらだ。太陽が、ジリジリと身を焼いた。かいた汗は、すぐにも蒸発していった。
そんな時、人が近づいてきた。暑さで頭が働かず、相手の顔もわからない。それでも笑顔をつくってマニュフェストのチラシを手渡そうとした時――
――パシャッ!
若い男は、無言で写真を撮ると、チラシを受け取らずに行ってしまった。
同僚に言ってミュリエルは、水分補給のため休憩を取ることにした。選挙カーには飲み物が常備されている。が、ミュリエルは、あえて離れたところにある自動販売機に向かった。その場にいたくなかったからだ。
やけに遠くに感じる自販機に、フラフラと、やっとの思いでたどり着いた。飲み物を買おうとした時、自分が水着姿で財布を持たないことに気いた。
ミュリエルは自販機の前でしゃがみ込んだ。そこは西日が熱かった。自販機のうらにはスペースがある。ヨロヨロと四つん這いで滑り込んだ。
日陰とひとつになってひざを抱えていると、故郷をしきりに思い出した。大した苦労もせず、好きなだけ本を読めたことは、やはり幸せだったに違いなかった。
ミュリエルを現実に引き戻したのは、自販機のうらをのぞき込む少女の視線だった。飲み物を買いにきたのだろう。ひざを抱えるミュリエルに、好意的とはいえない目を向けてきた。当然だろう。自分たちは異邦人なのだ。ミュリエルには、もとより声を出して追い払う元気もない。
しばらくして少女は去っていった。その立っていたあたりに、光るものがある。現地の硬貨だ。
ミュリエルは、硬貨を手に取って自販機に入れた。ありがたいとも、恥ずかしいとも思わなかった。150円では500ミリリットルの水しか買えなかった。この国は、水しか資源がないのに、水が化石燃料よりも高いのだ。
ボタンを押す瞬間だけ、指がかすかに震えた。
転がり出てきたボトルを開き、冷えた水を一気に流し込んだ。水は全身に染み渡り、焦げ付いていた体を冷やしてくれた。
そこに先輩が現れた。ミュリエルのようすを心配して見にきたのだろう。
ミュリエルは、いつものように「すぐに戻ります!」というつもりだった。が、開いた口から出たのは、かすれた泣き声だった。
「熱くって……! 疲れて……! めまいがして……! こんなに大変だったなんて……! う……うぅっ……! しかも、こんな水着なんてっ……! 日焼けもすごくて……!!」
「うん……うん……」
先輩はうなずくだけだった。
言いたいこともあるのだろうに、先輩は、ミュリエルの愚痴を聞いてくれた。安心して、かえって涙が止まらなくなってしまった。
結局、その日は早く休ませてもらい、次の日は昼頃まで寝かせてもらった。その日からは、いくぶんか暑さのやわらいだ日が続き、選挙の当日まで、マニュフェスト配りの仕事を乗り切ることができた。
いい経験だった――などという気にはなれない。ただただ、つらかった。だけど、きっと珍しい体験をしたとはいえるのだろう。



ネコミミ王国軍の第4部隊に所属するミーシャ・ミケ・マクダウェルは15歳の新兵だ。隊ではもっとも若い。
アンヌシャルル女王と同世代で、優れた人材が多いという意味の〈ゴールデン・エイジ〉と呼ばれることが誇りだった。
かつて日本と呼ばれた辺境国が、女王によって併合された。女王は、この地に、王国万代の繁栄の礎となる新国家を建設しようというのだ。
ミーシャは独学で日本語を覚えると、旧日本国への赴任を自ら志願した。敬愛する女王の下で働けることは、何よりの喜びだった。
とはいえ、下っ端のミーシャにできることは限られている。今日も朝から、軍用車両に乗って、現地の子どもたちにチョコレートを配る。
この地の原住民は、驚くほど従順だ。しかし、ネコミミ族に反感をもつものがいないとも限らない。地味な仕事だが、こうして子どもたちの好感を得れば、女王の統治もやりやすくなるというものだ。
その日は朝から35度を超える暑さだった。
夏の日差しにも負けないような輝く笑顔を向けてくる少年少女たち。軍用トラックのまわりを取り囲む小学生らに、ミーシャはチョコレート入りの袋を手渡していった。
袋に入った〈ネコミミ金貨チョコレート・キャンディーコート〉は、暑い日でも、お口で溶けて手で溶けない。軍の食品開発部による自慢の逸品だった。
「さあ、子どもたち! 女王さまから良い子のみんなにプレゼントよ!」
チョコの袋は見る間に減っていった。
あらかた配り終えたとき、ミーシャは、ひとりの少女を見た。目を合わせた瞬間、夏の空気が突然、冷たくなった気がした。
眩しい日差しのなか、輝く笑顔の子どもたちにまじって、その少女だけは凍った鉄板のような表情をしている。
休み中の中学生だろうか。まわりの小学生より、少しだけ背が高い。
この世のすべてを恨むかのような表情――。おもむろに近づいた少女は右手を差し出した。
「ひっ……!」
ミーシャは思わず身をすくめた。チョコを手渡していいのか迷い、袋を持った手を出したり、引っ込めたりした。
少女はやっと口を開いた。地の底から鳴るような声だった。
「チョコレートください」
チョコを欲しがっているのか。しかし、その表情は不満を通り越し、怒りさえはらんでいる。ミーシャは混乱した。
「チョコレート……」
「は……はいっ……!!」
催促する少女に、ミーシャは震える手でチョコを渡した。
少女は、苦悶するような顔で受け取った。
「ありがとうございます」
重苦しい声でそういうと、少女は去っていった。
その時だ――
少女の歩いた跡から立ち上る〈闇の妖気〉をミーシャは見た。確かに見た。
漆黒の妖気は、生きているかのようにうごめき、死んでいくように消えていった。それは、この宇宙にある悪意という悪意を集めて、かたまりにしたものに違いなかった。




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